番外3.双眼鏡で星を見てみよう
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 あちこちの星見会や観望会でアンケートを取ってみた所、家に天体望遠鏡があるという人は少数ですが、家に双眼鏡があるという人は比較的多い、というデータが筆者の脳内に記録されています。
 実際、「天体望遠鏡が欲しいなぁー」と思ってここにアクセスしてる人の中にも、「そういや双眼鏡ならうちにあるんじゃね?」と思い当たったりしてませんか?

 MOTTAINAI GHOSTが出るので、せっかくだから、その双眼鏡をちょっと星に向けてみましょう。

 MOTTAINAI以前に、「天体望遠鏡は大きいし重いし操作も面倒そうだし」で躊躇してる人でも、双眼鏡なら首からかけて使えますし、持ち運びだって自転車や電車で余裕です。
 天体望遠鏡じゃなくて、ちょっくら双眼鏡で天体を見て見ましょう。

1.星を見るのに適した双眼鏡を選ぼう
 双眼鏡の世界でも、相変わらず「倍率が高い方が何でも見える」と思い込んで変な物を買って、挙句にタンスの中でカビの肥やしにしてしまう人が多い様ですが、まず、「とりあえずこれだけ覚えとけば何とかなる!」のキーワード。
 【倍率は10倍以下にしとけ!】
 むしろ、普通に考える双眼鏡の使い方=手に持って眺める…だと、10倍が限界です。慣れた人でも、脇を締めてブレないようにするとか、何か支えになりそうな物で手の震えを抑えて持たないと、10倍では視野の中を星が「アマチュアカメラマンがビデオ撮影した未確認飛行物体らしきもの」みたいな不規則運動で飛び回って、観察どころじゃなくなります。(実際、ああいうビデオの多くはズームで倍率を上げすぎた結果の手ブレなんですけどね。)
 もちろん、最近では100倍まで出せるズーム双眼鏡!などという世界ビックリショーに出してよさそうなインチキ商品 もあったりしますが(断言します、インチキ商品です)、そんなもん使い物になりません、普通の人が使えるのは10倍が限界!です。

 10倍以下なら何でもいいのか、というと、まぁ「そういう意味でもない」んですが、できれば8倍か7倍、それ以下の方が使いやすいです。7倍以上の双眼鏡は、大概、ビノホルダーという双眼鏡をカメラ三脚に固定するためのアダプタ用のネジ穴がついてます。ある特定の天体をじっくり観察するような使い方なら、10倍や8倍・7倍くらいが適しています。

 双眼鏡のカタログにしろ、展示してある双眼鏡のボディにしろ箱にしろ、機種名とは別に、こういう表記がありますね。「7×50」とか「8×42」とか「10×50」とか。
 記載してあるのは知ってたけど、何の掛け算なんだろう?とか思ってた人はいませんか。正直に認めて下さい、いませんか。
 これは掛け算でも暗号でもなく、単純なスペック表記です。
 『7×50』なら、7×つまり倍率は7倍で、対物レンズの口径は50mm、という事です。『8×42』なら、倍率8倍で口径42mm、『6×30』なら6倍で口径30mm、です。
 知ってしまえば、「なんだそういう事か」な記載内容ですが、これで双眼鏡の基本スペックはほぼ全部説明できてしまいます。

 どういうスペックになるのか、という所で、このスペック表記から(表記と逆の)計算をします。
 スペックに「A×B」(例えば7×50)と表記があったら、「B÷A」(例の場合は50÷7)を求めます。口径mmを倍率で割る訳ですね。
 直径50mmの対物レンズで集められた光を7倍の拡大率をかけると、接眼部から見える(直径50mmから入って来た筈の)光は、50÷7=7.14285714286、つまり約7mmに凝縮された状態になります。実際に双眼鏡から30cmくらい離れて接眼レンズを見ると、そこから見える筈の像が●の形に小さく見えている筈です。これを『射出瞳径』と言い、上の例なら●の大きさが直径約7mmになる、という訳です。この射出瞳径の値が、その双眼鏡の特性を一言で代弁している、という位に簡潔かつ直感的な数値になります。

 人間の瞳は理想的に暗い環境でなら直径約7mmまで広がる(明るければ、明るさに応じて小さくなる)というのは光学機器ではひとつの目安になっていますが、逆の考え方をしましょう。射出瞳径が1mmになる双眼鏡を使った場合、それは、瞳の径が1mmになる程に明るい場所で物を見ているのと同じ事です。射出瞳径5mmなら、瞳の径が5mmまで広がる程に暗い場所で物を見てるのと同じです。
 という事は、暗い星空を見るためには、暗いところにいて広がった瞳を無駄なく使える射出瞳径の双眼鏡が適している、という事になります。

 「理想的に暗い環境でなら7mmまで瞳は広がる」と書きましたが、「そんな理想的な環境は既に日本のどこにも無い、だから射出瞳径7mmは必要無い」という人がいます。これはある意味正しく、ある意味正しくない、と筆者は考えています。というか、瞳が完全に広がった状態は、つまり瞳の筋肉が弛緩した状態、つまり死んだ状態に近いもので、仮に理想的に暗い場所でもちゃんと7mmまで広がるか、というと、かなりの個人差が出るでしょう。
 だから、「理想的環境は日本に無い」説の人は、「瞳は7mmまで開かないんだから射出瞳径7mmの双眼鏡なんかスペックの無駄」と言ったりしますが、小さい穴を覗くのと大きい穴を覗くのでは、当然大きい穴を覗く方が楽なのと同じで、仮に瞳の径が3mmまでしか開いてないとしても、射出瞳径3mmの双眼鏡と7mmの双眼鏡を覗くのとでは、7mmの双眼鏡を覗く方が”楽”です。(これは特に揺れる乗り物や不安定な足場などの上から双眼鏡を使う場合には、すぐにわかると思います。)

 そんな訳で、少なくとも筆者は「射出瞳径7mmは無駄」という考え方には賛成しません。反面、「射出瞳径7mmが必要」という考え方にも賛成はしませんが(笑)。

 以上の遠回りな説明で、「双眼鏡のスペック」と「人間の瞳」の関係は理解できたと(多分)思いますが、そんな遠回りな話はどうでもいい、要するに射出瞳径いくつのが適してるんだ!って事で…
 ひとまず「4から7」で。

2.射出瞳径の大きさは見え方にどう影響する?
 実を言うと、現実問題として、射出瞳径が小さめの方が適するシーン、というのも存在します。
 『光害』です。
 要するに街明かりの不要な光が空を明るくして、擬似的に半分昼間、みたいにしてしまう公害の事ですが、こういう光害が目立つ場所の場合、実際の瞳の径をさしおいて、射出瞳径の方を小さくして、「明るい場所にいて瞳の径が小さくなった状態」に擬似的に持っていく事ができます。こうする事で、光害のうっすらとした余計な光(音に例えるならノイズ)を弱くして、それよりも明るい星の光(つまりシグナル)をよりハッキリさせられます。
 録音した音で例えるなら、ノイズゲートという装置/回路(あるいはパソコンのアプリケーション)で、静かな時に聞こえ続ける「シャー」というノイズまでの音量部分を切り捨てて、それより大きい音だけ通過させる事でSN比を上げ、音を明瞭にする初歩的音響技術とほとんど同じ仕組みです。
 擬似的に明瞭化させるだけで万能ではありませんが、これによって街明かりに溶け込みそうな星雲の光をうまく拾い上げたり(街明かりと同レベルの光は損なわれるので星雲の形としては不自然になる事もあります)、街明かりで存在がわかりにくい淡い星団の光をうまく拾い上げたりする事ができます。

 この特性を理解した上で、星猛者たちは、射出瞳径の異なる双眼鏡を揃えたり、あえて射出瞳径の控えめな双眼鏡を使う事は珍しくありません。
 「大は小を兼ねる」ではなく、「大では通ってしまう余計なものを小を使ってふるいにかける」という考え方ですね。

 だから要するに初心者はいくつの射出瞳径の双眼鏡が一番適してるんだ!というせっかちな人もいると思いますが、射出瞳径だけで結論を出すのは待って下さい。他にも押えておくべきポイントがありますから。

3.「コーティング」とは何ぞや?
 ディスカウントストアのチラシ、あるいはオークションなんかで、「高級ルビーコート使用で像が見やすい」と謳ってる双眼鏡があったりしますね。対物レンズが赤とかオレンジとか金色とか 、角度によってそんな色に見えるコーティングの事です。
 場合によっては「軍隊も採用しているルビーコート」なんて書き方をしてる所もあります。実際に軍隊が使用している場面もニュースで見たことがあります。
 ただ、あれは星空に使う物ではございません、えぇ、ございません。
 ついでに言うと、あれが必要になる場所なんか、それこそ日本のどこにもございません、えぇ、ございません。

 ルビーコートの対物レンズが赤とかオレンジに光って見えるのは、そのものズバリ、赤系統の色を対物レンズの表面で反射してるからです。なので、ルビーコートの双眼鏡で見える像は、赤系統が薄れた、全体やや青緑っぽい色になります。
 これは、「砂漠などの炎天下で索敵を行う際に目の疲れを軽減する物」と考えると早いです。本当は赤外線とかもコーティングでブロックして、ギラギラの砂漠の風景を見続けても目がヒリヒリしたりズキズキしないように保護する為の物ですが、どこで何を間違えたか、ディスカウントな双眼鏡では、この日本では使い道の無いコーティングが大流行です。
 このルビーコートを採用した双眼鏡は、真っ先に候補から外して下さい。

 オークションでは「アクロマートコートレンズ採用」という珍奇な望遠鏡がいっぱい並んでいますが、アクロマートコートなどというコーティングは少なくとも地球には存在しません。こういう業者が出品してる双眼鏡・望遠鏡には見向きもしなくていいですからね。

 次に、カタログなんかでは「片面モノコート」「モノコート」「マルチコート」「フーリーマルチコート」という、けっこう難しい雰囲気を漂わせてコーティングの種類が記載してあります。
 双眼鏡で考えるとややこしいですが、単純化して『眼鏡』で考えてみましょう。
 玩具レベルの双眼鏡では有り得ますが、ノンコート、つまりコーティングをしていないレンズの場合、このレンズの眼鏡をしてる人がみんなと記念写真を撮ったとします。カメラのフラッシュが「パシャ!」と光って、写真が撮られます。この眼鏡をかけた人だけ、眼鏡にフラッシュの光が見事に反射してウルトラマンみたいに写ります。
 モノコートの眼鏡なら、多少、この眼鏡へのフラッシュ反射は軽減されて、光った眼鏡の中に笑った目も写るかもしれません。
 マルチコートになると、フラッシュは眼鏡のレンズにほとんど反射しなくなり、にこやかに笑った目が眼鏡のフレームの中に見えている写真になります。

 わかりやすい例えですが、つまり、コーティングが上質&念入りになる程、レンズやプリズムを通過する光は反射などで損なわれなくなり、結果的に明るくスッキリした像の双眼鏡に仕上がる訳です。
 中には、対物レンズの外から見えてる部分にだけマルチコートを施して、外からよく見えない内側やプリズムのコーティングは省略もしくは安価なモノコートに抑えている場合もあります。コーティングが「上っ面だけ」なのか「中身までしっかり」なのかが、「フーリー」(Fully、つまり「完全丸々」)であるか無いかの違いです。
 ビクセンなんかでは、更に「パーフェクトフーリーマルチコート」(PFMコート)なんてのもありますが、フーリーなら最初からパーフェクトにしとけよ、って感じですね。ちなみにフーリーモノコートってのも(当然)あります。

 コーティングの上質なレンズは、本当にレンズに光がほとんど反射しないで、薄く蛍光灯が緑とか紫に映り込む程度なので、つい興味本位で「ここに本当にレンズがあるの?」なんて指で突付いたりしてしまいがちです。
 天体望遠鏡と一緒で、双眼鏡のレンズやコーティングもそこまで強くはないので、変なマネはやめましょう。宝石みたいな透明度のレンズを使った双眼鏡は、それだけいいお値段もしますので。

4.使いやすい倍率は?
 最初に書いた通り、普通に手持ちで使うなら7倍以下が適しています。8倍でも許容範囲ですが、子供が使う場合はちょっと苦しいでしょう。
 7倍(7×50)の双眼鏡は定番中の定番スペックなので、どのメーカーからも出ていますが、6倍という双眼鏡は国内ではあまり出ていません。
 現在普通に入手できるのは、本来はOEM専業メーカーの勝間光学から出ている軍用双眼鏡、日の出光学が扱っているヒノデ6×30、ビクセンのアトレックライト6×30、といったところです。
 他にもコーワYF30-6もありますが、各部コストダウン(レンズコーティングなども)がなされているので、チョイいまひとつという感じです。長く付き合いたい場合は予算と相談して下さい。
 そして、5倍では日の出光学のヒノデ5×20ミザールSW-550 くらいです。
 4倍になると、笠井トレーディングのSUPER-VIEW4×22EWミザールSW-422 が星見にはよく使われています。
 更にその下になると、今度は逆に特殊になって、同じく笠井トレーディングのワイドビノ28(2.3倍)やビクセンSG2.1×42(2.1倍) です。分類的には「オペラグラス」で、倍率を上げて遠くの物を見るのではなく、光をたくさん集めて暗い星もよく見えるようにしよう、という目的の双眼鏡です。この威力は文章での説明が難しいので。興味と予算のある人は自分で体験を。

 6倍や5倍や4倍で一体何が見えるの、と疑心暗鬼に駆られている人もいるでしょうが、簡単な一例を示すとすれば…
 満月がありますね、満月。普通に満月。うさぎが餅つきをしてるっぽい模様が見える満月。夕方、東の地平線から上ってくると、その大きさに時々びっくりする事もありますね。
 アンドロメダ銀河ありますね、アンドロメダ。銀河鉄道999が行って帰ってきた、近いんだか遠いんだかよくわからないアンドロメダ。秋から冬にかけて、空が澄んでれば(場所を知ってれば)肉眼でも比較的簡単に見つける事ができます。
 『アンドロメダ銀河の見かけの大きさは、満月6個分』とほぼ同じです。
 冬空にほぼ真上にぼんやり青白く輝いてるプレアデス星団、すばるです、すばる。星はすばる、車はミツビシの筆者ですが、すばるも満月5〜6個分のデカさです。

 低倍率の双眼鏡が天体相手には威力を発揮する、というのが、なんとなくわかったでしょうか?月のクレーターをどーんと観察するくらいの倍率でプレアデス星団やアンドロメダ銀河に向けたって、一体何を見てるんだかわかりません。拡大すりゃいいってもんじゃないんです。

 個人的に使っていて、しかもお気に入り、という点でも、大人も子供も気軽に扱えてしかもよく見えるヒノデ6×30やミザールSW-550はお勧めです。もちろん昼間にハイキングに持ってったり、観光地や景勝地で景色を眺めるのにも最適です。
 景勝地に持っていって、雄大な景色を眺めるにも5倍か6倍くらいがいいです。

 ここでまた「大は小を兼ねる」とか言って、高倍率から低倍率までー!とズーム双眼鏡を選んじゃう人もいたりすると思いますが、そのへんに売ってる、ギリギリ5桁円前後の値段のズーム双眼鏡は、すぐズーム機構が内部でひっかかって壊れます、やめといた方が無難です。

5.双眼鏡の形は2種類
 最近、ハイキングや野鳥観察など、「持ち歩き」するシーンでの双眼鏡は、スリムな感じのストレート構造が2つ並んだ双眼鏡が多くなりましたね。
 このストレート構造の双眼鏡は「ダハプリズム型 」と呼ばれます。単純に、中に”ダハプリズム”が使われてるからです。
 一方の、昔ながらのカクカクッとしたゴツっぽい、戦争映画なんかにも出てくるような形のは「ポロプリズム型 」と呼ばれます。中に”ポロプリズム”が入ってるからです。
 ぶっちゃけた話、どっちがいいんでしょう?
 と聞かれても困るんですが、それこそぶっちゃけた話、ポロ型の方がコストパフォーマンスは高い様です。
 というより、同じスペックでダハ型を探そうとすると、高いんです!
 何でダハはポロより高いんだ、ってのは、単純に「ダハの方がポロより製造にコストがかかるから」なんですが。
 逆の言い方をするなら、「安価なダハプリズム型(ストレートな形)は怪しい」と言えなくもありません。全部が怪しいワケではありませんが。
 その逆の言い方をすると、「安価でもポロプリズム型(カコカコした形)は当たりが多い」と言えなくもありませんが、明らかにハズレくさいポロ双眼鏡はオークションにいっぱい出てますからねぇ(苦笑)。
 プリズムの構造的に、天体向きの双眼鏡にはポロが多い、というのはありますが、よほど変な買い物でもなければ、自分のお気に入りを選んで、好んで使うのが一番いいと思います。
 筆者は星にはポロ、航空祭なんかでは小型コンパクトで口径も小さめのダハを使ってます。

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